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妄想と現実と中距離恋愛

大学生の駄文です。

日の出は5:32

4月なのに気温は20度を軽く超え、夏かと思えるような日、スミレはバイト先である小さな居酒屋のバーテンダー仲間、店長、常連さん、合わせて15人くらいで海に来ていた。バーテンダー仲間といっても同年代はゼミやら部活やらで欠席で、20代はスミレ1人だった。いい意味で歳など気にしないバイト先であったため、バーベキューの準備やら、常連さんの子供とキャッチボールやら、各々のやりたいように過ごしていた。

3時を過ぎ、何人かは夜に用事があるから、と帰った。余り酒を飲んでいなかったスミレは酔っ払ってテントで寝てしまった店長や常連さんをおいて、子供たちとキャッチボールをしていた。球技が得意でないスミレはボールを1発でキャッチできない。

「次おれの本気でいくからね〜!」

と言った6歳の言葉にもひよってしまう。案の定ボールはスミレの股の間をすり抜け、20mほど先までころがっていった。

やっと追い付いた、と小さなゴムのボールを胸にかかえて顔をあげると、

そこにはどこか懐かしい、苦しい景色があった。

他の家のテントが幾つも並んでいる間に1つ、よくあるベンチ。近くにはアイスクリーム用のとドリンク用の自動販売機が1つずつ。やっぱりそうだ。そのベンチから見る海の景色が綺麗なことをスミレは知っていた。あ、と声が漏れる。

 

 

スミレはちょうど1年半前、3年間付き合っていた彼氏との遠距離が8ヶ月を迎え、別れようとしていた。友達には別れを止められていたものの、唯一賛同してくれたのがタクトだった。タクトはサークルを通して知り合った、同じ学科の友達だった。大学1年生の秋だっただろうか、大学が三連休だったため、スミレは堕落した生活をしつつもタクトとのことを考えていた。スミレは悩みに悩んだがもう別れしか頭になかった。なのに、気付いたときには「別れるか迷ってる、相談にのって」とタクトにLINEをしていた。三連休2日目の夜だった。

夜10時、タクトとは2人の家の間にある公園で待ち合わせた。2つあるブランコにお互い座り、キィ、という音を鳴らしながら言葉を交わす。スミレはもう自分の中で出ている結論を胸に抱えたまま、タクトに恋人の話をした。不思議と、罪悪感は湧かなかった。

結論を逃がした状態で、夜の学校に行きたい、とスミレは言った。そのときタクトもスミレも19歳、酒は入っていなかった。ただ今思い返せば、あのときのスミレは酒を飲んだときのようなフワフワとした感情があった。

2人で夜の大学に向かった。警備員はいなくて、セキュリティーどうなってるんだろうね、と2人で笑った。裏に山があるがそこには行かなかった。怖い、とどさくさに紛れてスミレはタクトの着ていたパーカーの裾を掴んだ。

 

何をするわけでもなく小さなキャンパスをぐるっと回ったあと、おでんが食べたい、とスミレは呟いた。タクトは全く反論をせず、微笑みながらいいよ、と言った。大根と、ちくわと、はんぺんと、糸こんを買った。もらった柚子胡椒を全て入れたあと辛い、とスミレが騒ぐと俺は柚子胡椒辛いの知ってたよ、と返す。なんで止めてくれないの、とスミレが笑いながら怒る。スミレの頭の中には恋人の存在はいなかった。

おでんを食べて身体が温かくなってきた。時刻は午前4時。タクトもスミレも翌日に用事はなかった。スミレは、日の出が見たい、今まで見たことがない、と言った。タクトは、いいよ、見に行こうと言った。タクトはスミレの願いを全て叶えてくれた。

2人が10分ほど歩いた先に、海が見えた。朝4時半の海には誰もいなく、まだ薄暗い空が広がっていた。スミレは視線の少し先にあったベンチに向かって走る。2つの自動販売機が安っぽい光でベンチのあたりを照らしていた。タクトはそれを微笑みながら歩いて追いかけた。日の出の時刻は5時半。ベンチに2人並んで座った。そこに、距離はなかった。ちょっと寒くなっちゃったね、でも自販機まで立つのはめんどくさいね、とスミレが左手を左脚の横に置いた。そこにタクトの右手があることをスミレは知っていた。タクトは何も言わなかった。スミレは指を少し動かした。それに合わせてタクトも指を動かす。タクトの手の甲の上にスミレの手のひらがのる。2人の指はちょうど重ならない。タクトは少し、手を浮かせた、あ、とスミレが思う間も無く、タクトの手のひらはスミレのそれに重なった。やっぱり、指は重ならなかった。2人の指はゆっくりと閉じた。手と手の、指と指の、隙間がなくなった。これは、夜のテンションってやつかな、とスミレが呟く。いや、もう朝だよ、とタクトが返す。2人の視線の先から少し右にずれたところ、遠くの建物の陰から日が昇った。

スミレは右手で携帯を取り出した。「ごめん、好きな人ができた。別れたい。自分勝手でごめんなさい。」そう膝の上で打つ文章は無論タクトの目にも入った。携帯をしまう。時刻は5時半をすぎていた。タクト、と言いながら左を向く。ベンチに座って初めて2人の視線が重なった。タクトが好き。と呟いた。タクトはうん、と返し、微笑んだ。繋いでいないほうの手でお互いの頬に触れる。朝日は、2人の重なった額の影をうつした。

 

朝7時に海を出て、タクトはスミレを家まで送ってくれた。何でも願いを叶えてくれたタクトが1つだけ、スミレに要望を出した。付き合っていることは誰にも言わないで、と。スミレも別れたばかりだし、と受け入れた。スミレの家にタクトが来るのが2人のデート。その背徳感がスミレには嬉しかった。じゃあ、また来るからと手を振り、タクトは家に帰った。最後まで2人の手は繋がっていた。

 

タクトはここまでの数時間できっと叶えてやれる願いを全て叶えていたのだ。

 

タクトのまた、は何度もなかった。付き合った最初の月に週に2回だったタクトの訪問が、次の月には週に1回になり、年をこすころには2週に1回になった。2月にあったタクトの誕生日は、祝えなかった。その月は、友達に祝ってもらうから、帰省するからと何かしら理由をつけられて一度も会わなかった。

 

そのまま2ヶ月が過ぎた。

電話は通じて五回に1回。あとは今バイトだから、友達といるからだった。電話ではいつもスミレが泣いた。会いたい。会いにきて。と。タクトは無理だよ、俺も忙しいしスミレちゃんも秘密にしなきゃでしょ。と言われた。そう言われたら友達より優先してよ、という言葉はいつも引っ込んだ。タクトの家に行く、と言うとそんなことしたら追い返すからね、と言われた。あのときのような微笑んだ雰囲気は少しも感じられなかった。

何度もスミレは泣いた。電話が通じたまま携帯電話をベッドに投げて、無言になった通話を切る、ごめんね、と文章で打つ。既読にならなくて泣く、泣いて疲れた寝る、そんな春休みを過ごした。

 

いつのまにか、大学2年生になった。タクトから別れを告げられた。最後に会ってから3ヶ月経っていた。声を聞いたのもいつが最後かわからない。スミレには抵抗する気力もなかった。

 

そこからは連絡も取らなかった。学校で遭遇してもスミレからは目を合わせなかった。

 

誰も知らなかったから何もなかったことに出来る。そう思っているうちに全てを忘れていた。スミレにも大学2年の冬に恋人が出来、もう付き合って半年になる。タクトにも後輩の恋人が出来たらしいと耳にした。どこで繋がった人なのかは覚えていない。

 

 

 

 

「ねえお姉ちゃんまだー?」

振り返ると子供が呆れた顔でこちらを見ていた。気がつくと15秒ほどはベンチを見ていた。ごめんねごめんね、思いっきり投げるからお姉ちゃん疲れちゃった、と言いながらベンチに背を向ける。肩につかないショートボブが優しく揺れた。居酒屋でバーテンダーをするこのバイトも、髪を10センチ切ってボブになったのも、ここ1年くらいの出来事だ。忘れた頃に来よう、そんなことも忘れているだろうけど、と思いながら大きく振りかぶってボールを投げた。スミレの後ろから太陽がスミレを照らしていた。